パーソナルジムで怪我をしたときの責任
パーソナルジムの入会時に渡される会員規約には、たいてい免責の条項が入っています。「施設内で生じた傷害・事故について当社は一切の責任を負いません」という書き方が多く、そこに署名して契約が始まります。
重い器具を扱い、限界に近い重量を人に持ち上げさせるのがこの役務です。腰や肩を痛めることは起こりえます。そのときに、署名した規約がどこまで効くのか。答えは規約ではなく、消費者契約法8条にあります。
「一切の責任を負いません」は条文で無効になる
消費者契約法8条1項の柱書はこうです。
次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
「無効とする」なので、争って認められれば効かなくなるという話ではありません。条文がその条項の効力を否定しています。次に掲げるものが4つ並んでいて、1号がこれです。
事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
契約を結んだ相手が、契約でやると約束したことをきちんとやらなかった場合が債務不履行です。トレーニングの指導は契約の中身なので、指導のしかたが原因で怪我をしたなら、ここに当たる余地があります。その責任を全部免除する条項は無効です。
同じ1項の3号は、契約とは別の枠を塞いでいます。
消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
不法行為のほうも全部免除できません。契約の側からも契約の外からも、責任を丸ごと消す条項は置けません。
上限を付ける書き方も、条件によって無効になる
全部ではなく一部を免除する条項もあります。「賠償額は受講料の範囲内とします」のように上限を置くものです。1項2号がこれを扱っています。
事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
括弧の中を読むところです。無効になるのは故意か重大な過失による場合に限られていて、軽い過失まで含めた一部免除は、ここでは無効になりません。4号は同じことを不法行為について定めています。
そこで、2022年の改正で入った3項が効きます。
事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。
長い条文ですが、求めていることは短くまとめられます。軽い過失の場合に限って上限を付けるなら、その条項の中に「軽い過失に限る」と書いておかなければならない、というものです。書いていないものは無効になります。
規約の条項8条の当たり方
- 責任を全部免除する1項1号・3号により無効債務不履行のものは1号、不法行為のものは3号。責任の有無を事業者が決めると書いたものも同じ
- 故意や重過失でも上限を置く1項2号・4号により無効括弧書きが故意又は重大な過失によるものに限っている
- 上限を置くが、限定を書いていない3項により無効重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないもの
- 軽い過失に限ると明記して上限を置く3項の対象から外れる限定が書いてあるので、この条項が無効になる根拠は8条には無い
規約を読むときに見る場所が、これで決まります。上限額の数字ではなく、その上限がどの場合に適用されると書いてあるかのほうです。
免責が無効でも、請求の根拠は別に要る
条項が無効になることと、金が払われることは別です。無効になると規約のその部分が消えるだけで、そのあとは民法の規定に戻ります。
契約の側の根拠は415条1項です。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
ただし書きがあります。事業者の責めに帰することができない事由なら請求できません。もともと痛めていた箇所が動作と関係なく悪化した場合などは、ここで分かれます。
契約の外の根拠は709条で、故意又は過失によって他人の権利を侵害した者が賠償の責任を負うと定めています。指導した相手が雇われているトレーナーなら、715条1項が会社のほうを引きます。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
債務不履行として請求する
- 根拠は415条1項
- 契約の相手である事業者に向ける
- 責めに帰することができない事由なら請求できない
不法行為として請求する
- 根拠は709条
- 715条1項により会社にも向けられる
- 期間の数え方が別に置かれている
契約の中身を守らなかったことを問うのか、権利を侵害したことを問うのか
自分の側の事情も額に入る
請求できる場合でも、額がそのまま通るとは限りません。民法722条2項があります。
被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
痛みが出ているのに申告しないまま続けた、指示された動作と違うやり方をした、といった事情はここで考慮されます。だから、その日に感じた違和感は、その日のうちに伝えて記録に残しておくほうがよいことになります。
いつまで請求できるか
不法行為のほうは、民法724条1号が損害と加害者を知った時から3年としています。ただし怪我の場合は724条の2が働きます。
人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
身体を害するものは3年ではなく5年になります。724条2号の20年のほうは変わりません。契約の側の請求は民法167条により20年です。
見ておくと使えるもの
- 会員規約の免責条項を、契約前に写しておく。あとで書き換えられても手元に残る
- 指導した人が従業員なのか業務委託なのかを聞いておく。715条1項の向き先が変わる
- 症状が出た日と、その日の種目・重量をメモしておく
- 受診したら診断書をもらう。負傷と動作の関係が書かれているかを見る
規約そのものを契約前に見せてもらえるかは、事業者によって差があります。特定継続的役務提供(1か月を超えて続き、5万円を超える契約だけが対象になる決まり)に当たる契約なら、条文が書面の交付を義務づけていて、記載事項も決まっています。そこはパーソナルジムのクーリングオフ条件で扱いました。
指導する人の資格については、名前が似ていても法律の扱いが違うことがあります。もみほぐしに資格は要るかで条文から見ています。
怪我で通えなくなったときは、責任の話とは別に、契約をやめる側の話が出てきます。中途解約は、1か月を超え5万円を超える契約でできます。事業者が請求できる額には上限が付いていて、やめる理由は問われません。そこはパーソナルジムの中途解約と請求額にまとめました。責任を追及するかどうかを決める前に、契約のほうを止められます。
契約でもめたときの相談先は、消費者ホットライン 188 です。最寄りの消費生活センターにつながります。負傷が絡む請求は、法テラスや弁護士会の相談窓口も選択肢になります。
まとめ
- 消費者契約法8条1項1号・3号により、責任を全部免除する条項は無効になる
- 故意や重大な過失まで含めて上限を置く条項も、1項2号・4号により無効
- 3項は、軽い過失に限ると明らかにしていない一部免除の条項を無効にする
- 免責が無効になったあとの請求の根拠は民法415条1項と709条で、雇われた人の行為には715条1項が働く
- 722条2項により自分の側の事情も額に反映され、724条の2により不法行為の期間は5年になる